デス・オーバチュア
第10話「蒼と黄金の二重影」




茶番を演じるのは好きだ。
全ては気まぐれな戯れに過ぎない。
痴戯の始まったあの日から、今日までの日々はとても充実していた。
このままでいい。
飽きるまではこのまま続けよう。
他にやりたいことも、やらなければならないことも何もないのだから……。



「丁度一つの戯れの終わったところだったんだよ」
水色の剣と白銀の剣。
二本の剣が交錯する度に、水色と金色の光が飛び散っていた。
「いや、シエスタ、昼寝って言った方がいいかな? まあ、叩き起こされてたことは別にいいんだよ、そろそろ飽きてきていた所だったしね、多分頃合いだったんだろうな」
二人の男の体から立ち上る水色と金色の闘気が混じり合い嵐を生み出す。
「そこで、あなたは新しい玩具を見つけた……というわけですね」
物質ではなく、精神だけを灼き尽くす水色の炎がルーファスを包み込もうとするが、ルーファスは剣から発する金色の光であっさりとそれを掻き消した。
「心外だな、愛だよ、愛っ!」
無数の光の刃がコクマに向かって撃ちだされる。
「さしずめ愛玩動物ですか?」
水色の炎が竜巻のように渦を巻き、光の刃を全て呑み込んでいった。
「酷いな、お前、俺をどういう目で見てるんだよ?」
「そうですね、この世でもっとも冷酷で質の悪い、最強にして最狂の存在ですかね?」
「酷いな、俺ほど優しくて、博愛……誰にでも平等な奴もそうはいないよ」
水色と白銀の剣が再び交錯する。
「老若男女、身分も種族も関係なく、タナトス以外は全てどうでもいいと思っているんだから……これ以上の平等もないだろう?」
「それが冗談ではなく本気だというところがあなたの怖いところですよ」
コクマは剣戟を続けながら、笑みを浮かべた。
「俺は常に本気だよ。本気で茶番を演じてるんだよっ!」
ルーファスはコクマの左手から剣を弾き飛ばす。
「じゃあな、クソガキ、原子からやり直しな……光輝剣舞(こうきけんぶ)!」
ルーファスの剣がこれまでに無い激しく美しい輝きを放った。
ルーファスがコクマの横を通り過する。
次の瞬間、コクマの体が無数の粒子と化し弾け飛んだ。



ルーファスは神剣を投げ捨てると、地面に座り込んだ。
投げ捨てられた神剣は地面に突き刺さる。
「ギリギリで分身と入れ替わって逃げやがった……たく、無駄な力使わせやがって」
光輝剣舞。
光輝、すなわち光の闘気を込めた神剣で相手を光速で原子サイズにまで切り刻む。
速さと闘気の強さだけが全ての、ルーファスの剣技の中で、もっとも単純で、もっとも破壊力のある技だ。
「かったり……この姿でここまで光輝を使ったのは久しぶりだったからな……」
ルーファスは左手首に付けられた豪奢な装飾の腕輪を弄りながら、ため息を吐く。
同じような装飾の輪が右手首、両足首、そして首にも付けられていた。
「……ああ、眠くなってきやがった……悪い、後は任せた……」
ルーファスは地面に突き刺さっている剣に話かけるように呟く。
「……あ、やば、忠告してやるの忘れてた……まあ、タナ……トスなら……大丈……」
ルーファスは仰向けに倒れ込むと、そのまま深い眠りに落ちた。



「なるほど、死という力を込めるには一呼吸の間が必要なわけですね」
「……なっ!?」
タナトスは現状を理解できなかった。
自分は確かにビナーとかいう黄金の髪と瞳の少女に魂殺鎌を振り下ろしたはずである。
だが、今、タナトスの目の前に居るのはビナーではなく、蒼い髪と瞳の少女だった。
少女というより美女と言った方がいいかもしれない。
基本的にビナーと同じ顔の造形をしていながら、愛嬌のあるビナーと違って、とても凛々しく厳しい表情をしていた。
蒼いウェーブのかかった長い髪の美女は自らの左手首を凝視している。
彼女の左手首には今できたばかりのような深い傷ができていた。
「認めたくない威力ですね……」
美女は左手首の傷を舌で妖しく舐める。
「…………」
その傷についてもタナトスは納得がいかないことだった。
もし、美女が左手首で魂殺鎌を受けたというのなら、切断できなかったのはおかしい。
「では、これならば……」
美女の左手にはいつのまにか白銀の槍が握られていた。
「どうなります?」
「くっ!?」
タナトスは反射的に横に跳ぶ。
次の瞬間、さっきまでタナトスが立っていた場所に白銀の槍の先端が叩きつけられていた。
「避けられては困ります。受けてもらわないとっ!」
タナトスは再度横に跳ぶ。
タナトスが先程まで居た空間を白銀の槍が突き抜けた。
「まさか、この程度の槍が見切れないわけはありませんよね? ビナーの光槍に反応できる貴方が?」
「くっ……なめるなっ!」
タナトスは大鎌を振り下ろし反撃する。
美女は流れるような足運びでその一撃をかわした。
「やはり一呼吸遅い……防御ではなく、攻撃の際は力を込めようと意識している分だけ……遅いっ!」
タナトスは片膝を曲げる。
次の瞬間、タナトスの左肩が薄く切り裂かれた。
「貴方は正式に剣術の類を習ったことがありませんね。半ば反射的な防御の時は余分な力が抜けていて良い感じなのですが、攻撃の際が良くありません」
「ぐっ!」
タナトスは左右に動き続ける。
白銀の槍がそれを追いかけるように空間を貫き続けていた。
「それから回避も良くありませんね。大きくかわしすぎです、それでは反撃に移れませんよ」
美女の言うとおり、槍の一撃の回避が完了したと思った瞬間にはもう美女が次の一撃を放ち始めており、タナトスは攻撃に移ることもできずに、休まずかわし続けることしかできないのである。
「回避が大きすぎる上に、攻撃に移るためにかかる間も長すぎる……それでは、一方的に攻撃されるだけですよ」
「……黙れ! 何のつもりだ!?」
美女は戦闘しているというより、戦い方をレクチャーしているかのようだった。
なぜそんなことをするのか理解できないし、何より馬鹿にされているような気がして、タナトスは気に入らなかった。
「超常の力を持つ者はそれに頼りすぎて、技術を磨くということを怠る……愚かなことです」
「……ぐぅっ!?」
突然、タナトスは腹部に衝撃を感じたかと思うと、後方に吹き飛ぶ。
「確かに槍は基本的に突くもの、だからといって横に薙ぎ払うこともあるのですよ」
「うっ……」
タナトスは腹部を押さえながら立ち上がった。
突き一辺倒だった攻撃に突然横への払いが加わったため回避しそこなったのである。
「弱い……弱すぎます、貴方。確かに腕力や敏捷性、そして反応速度などは人間離れされていますが……技術がなさすぎます。これでは人間の達人以下です」
「くっ……!」
タナトスは一足で間合いを詰めると、迷わず大鎌を振り下ろした。
「…………」
美女の体が流れるように後ろにさがる。
だが、美女はなぜか槍だけわざと前に突きだしていた。
野菜か何かのようにスパンと心地よい音をあげて、槍が真っ二つに切断される。
「なるほど……」
「ん?」
タナトスには美女の行動が理解できなかった。
「神剣と普通の槍の間にどれだけの強度の差があるのか確かめたかっただけなのですが、貴方があまりに弱いのでつい余計な講義をしてしまいました」
美女は上品に苦笑の笑みを浮かべる。
「なっ……」
「……馬鹿にしているのか!?」
タナトスは、槍を失い無防備になった美女に、迷わず大鎌を振り下ろした。
「いいえ、馬鹿になどしていません」
美女は後退ではなく前進する。
「なっ!?」
美女の姿が揺らいだ。
先程、魂殺鎌が槍を切断した時のような心地よい音が響く。
いつのまにか蒼い髪の美女の姿が消え、代わりに、タナトスの背後に、光り輝く片手剣を持った金髪の美少女、ビナーが立っていた。



タナトスの腹部に赤い線が走り、次の瞬間、勢いよく血が噴き出す。
「が……はぁっ!」
タナトスは腹部を左手で押さえるとうずくまった。
「フラガラック……あなたの魂殺鎌には遠く及びませんけど、なかなか良い切れ味のショートソードでしょ?」
ビナーは無邪気な笑顔を浮かべて、うずくまるタナトスを見下す。
「流石に神剣は斬れないし、十回前後神剣と交錯すれば折れてしまう程度の強度しかありませんけど……あなたを斬り殺すには充分過ぎる剣ですわ」
「……ぐっ……ぁ……ぅ」
タナトスは腹部を押さえたまま立ち上がると、ビナーを睨みつけた。
「お姉様ならきっとこう言われますわ。『貴方は未熟すぎる、神剣の破壊力……普通の武具では受けることもできないその切れ味……今まではそれに頼って勝ち残ってきたにすぎない』……だから、その優位性が無くなった今、あなたはお姉様どころかあたくしにも勝てないのですわ」
「……優位性がなくなった……?」
「ええ、フラガラックはその辺の安物の剣とは違いますわ。ゆえに、フラガラックごとあたくしを魂殺鎌で斬り捨てる……なんて力押しはできないですわよ」
「……私は……魂殺鎌の力だけに頼って戦ってきたわけではない!」
タナトスは腹部から手を離し、ビナーに魂殺鎌で斬りかかる。
「いいえ、例え無自覚でも頼っていたはずですわ……だから、そんなに技術が未熟なままなのですわっ!」
ビナーは剣で大鎌の刃を絡め取るように受け止めた。
「うっ!」
「アンサラー!」
ビナーの言葉と同時に、剣はビナーの左手から突然飛び出し、タナトスの右胸に突き刺さる。
「がああっ!」
「良い叫び声ですわ」
「…………」
タナトスは剣を引き抜こうと、その柄を掴もうとした。
しかし、それよりも早く、剣は独りでにタナトスの右胸から抜けると、やはり独りでに今度はタナトスの右肩に突き刺さる
「きゃうぅっ!」
「今度は可愛らしい叫び声ですわね」
ビナーは楽しげにフフフッと笑った。
「くぅっ!」
タナトスは今度こそ剣を引き抜くために掴もうとしたが、それより早く剣は独りでに抜け、ビナーの左手の中に戻る。
「あたくしは、お姉様と違って剣の使い方などまったく知らない素人ですの。でも、フラガラックが勝手に戦ってくれますので無問題ですわ」
そう言うと、ビナーは無造作に剣をタナトスに投げつけた。
タナトスは大鎌で剣を打ち落とそうとしたが、剣は意志を持つかのように独りでに奇妙に動き、大鎌を回避すると、そのままタナトスの右太股に突き刺さる。
「あああっ!」
「ホント良い声で鳴いてくれますわね」
剣はやはり独りでにタナトスの右太股から抜けると、ビナーの左手の中に戻った。
「……何か、あなたのことかなり愛しく想えてきましたわ」
ビナーは恍惚とした表情を浮かべている。
「……な……なんだと?」
「だって、あなたとっても良い表情で、とても良い声で鳴くんですもの……もっと虐めたくなってきますわっ!」
ビナーの左手から離れた剣は、タナトスの右腕をかすめた。
「ぐっ!」
剣はタナトスの背後で方向転換すると、今度はタナトスの左脇腹をかすめて、ビナーの左手の中に戻っていく。
「声を堪えなくてもいいんですのよ? もっと痛みのままに鳴くといいですわ」
「……黙れ……変態……」
タナトスは痛みを堪えながら、吐き捨てるように言った。
「まあ、酷いですわ……あたくしはこんなにあなたに好意的なのに」
「……お前の好意などいらんっ!」
タナトスはビナーに向かって跳躍する。
「お姉様に『無闇に宙に跳ぶものではない』と怒られますわよ? 空中ではスキだらけですもの……ねっ!」
ビナーは剣をタナトスに向けて投げつけた。
剣は、迎撃しようとして振られた大鎌を回避し、タナトスの左脇腹に突き刺さる。
だが、タナトスは一瞬だけ痛みで顔をしかめただけで、墜落することもなく、宙を駈けるようにしてビナーとの間合いを一瞬で詰めた。
「あらっ?」
ビナーは間の抜けた声を出した後、半ば無意識に剣に左手に戻るように命じる。
だが、それは判断ミスだった。
剣を手に戻してタナトスの攻撃に備える、剣に一度タナトスの左脇腹から抜けて、もっと致命傷を与えられるところに刺さり直すように命令する。
どちらも誤りだ。
正解は光の槍でタナトスを撃ち落とすである。
剣を操る時間はなかったが、光輝の槍を放つ間ならあったのだ。
剣でタナトスを嬲ることに夢中になっていたビナーの頭には、光輝の槍を放つという選択肢は咄嗟に浮かばなかったのである。
「私をいたぶることに夢中になり、何度もトドメを刺す機会をわざと見逃した……それがお前の敗因だ」
タナトスの大鎌がビナーを斜め一文字に切り裂いた。



勝ったとは思っていない。
ただ負けなかっただけだ。
ビナーがその気だったのなら、フラガラックはいつでもタナトスの心臓に突き刺さることができたのである。
だが、タナトスをもっともっといたぶりたかったビナーは、わざと心臓や首などの『殺してしまう』急所避けて狙っていたのだ。
ビナーのその悪趣味のせいで、タナトスは辛うじて負けないで済んだのである。
「……相手が……変態でなかったら……危なかった……」
そういえば、光を扱う戦い方といい、悪趣味な性格といい、ビナーを相手にしているとある人物の姿が被って見えた。
ルーファス。
ビナーに優るとも劣らない悪趣味で意地の悪い男。
「……どうして、私の周りには……あんな変な奴ばかり寄ってくる……」
タナトスは、自分がルーファスやビナーのようなタイプから見て、いかに『虐め甲斐』がある存在であるか解っていなかった。
要するにあの二人にとってタナトスは理想のタイプなのである。
「……うっ」
タナトスはうつ伏せに地面に倒れ込んだ。
腹部を切り裂かれただけでなく、肩や太股や脇腹、そして右胸も貫かれている。
いくら、タナトスが神剣と契約した超越者であり、普通の人間よりは死ににくい体をしているとは言っても、ここまでの深手を負っては倒れるのも無理はなかった。
「どうやら、少し、貴方の評価を上げるべきなようですね」
突然、聞こえてきた女の声に、タナトスはビクリと震える。
そうだ、この女の存在を忘れていた。
ビナーを倒せば終わりではないのだ、まだこの女が居たのである。
まるでビナーと入れ替わるように姿を現したり消したりする美女。
もしかしたら、ビナーと同一存在かもしれないとも推測していたのだが、聞こえてくる声と気配から察するに、蒼い髪の美女がビナーに与えたダメージを負っているようには感じられなかった。
「ビナーは殺し合いと遊びの区別がついていない子供です。相手を仕留める機会を快楽のためにわざと逃すなど……我が妹ながら愚の骨頂です」
「…………」
タナトスは立ち上がって、美女の様子を確認する力も残っていない。
「そういえば、まだ名乗ってもいませんでしたね。私の名はケセド・ツァドキエル、ビナーの双子の姉です」
やはり姉妹か。
普通に考えればこれ以上説得力のある関係もない。
だが、ただの姉妹ではあの奇妙な出現と消失の謎の説明にはならなかった。
「さて、ここで貴方にトドメを刺すのは簡単ですが、ビナーの治療も急がなければいけませんし、何より私が貴方を殺してしまっては後でビナーに怒られそうですからね」
クスクスと上品な笑い声が聞こえてくる。
「仇や借りは自らの手で返すもの。それに、どうやらビナーは貴方を気に入ってしまったようですから……ここはこれで退くとしましょう」
ケセドがそう言った直後、ピチャンと床に何かが落ちた音が響いた。
「では、またいずれ……次に会う時までにはもう少し腕を磨いておきなさい。次は私も本物の槍で本気でお相手致しましょう」
ケセドは清涼な声でそう告げる。
「…………」
「では、それまで他の者に倒されることのないように……」
先程よりも大きな水音のような音がしたかと思うと、ケセドの気配はこの場から完全に消え去った。
助かった?……いや、見逃されたと言うべきだろう。
屈辱だった。
何よりも見逃して貰って安堵している己自身が許せない。
「…………」
だが、今のタナトスは立ち上がるどころか、声一つ出す力も残っていなかった。
今はともかく休めとでも言うかのように、睡魔が襲ってくる。
タナトスは悔しさに奥歯を強く噛み締めながらも、睡魔に従い深い眠りへと落ちていった。

































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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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感想







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